「女性はやると決めたらなんだってできる。自分の直感や第一印象を信じなさい。」

グレース・ケリーは凛とした女性だった。に違いない。
マリリン・モンローと同時期に活躍。その気品ある美貌は「クールビューティ」と称賛された。
一方で、多くの共演アクターたちと浮名を流し、その華やかな私生活はたびたび世間を騒がせた。名監督ヒッチコックの秘蔵っ子と呼ばれ可愛がられたことでも有名。映画史に残る大スターだ。

グレース・ケリー
オスカー女優となり名声を得た後、彼女の華やかな経歴にさらに拍車がかかる。
人気実力ともに絶頂の時期にカンヌ映画祭で出会ったモナコ大公レーニエ3世と結婚、公妃となるため女優業を引退したのだ。

女優引退後もグレースは何かと話題になった。LIFE誌のパパラッチにカメラを向けられた際、妊娠中のお腹を咄嗟にエルメスのバッグ「サック・ア・クロワ」で隠したというエピソードは特に有名だ。その写真はLIFE誌の表紙を飾り、問い合わせが殺到。エルメスは、彼女が持っていたバッグを「ケリーバッグ」と改名した。

グレース・ケリー
公妃としてのグレースは、フランス語が喋れないことや王室での人間関係に非常に苦労したが、モナコがフランスに併合されそうになった時は毅然とした対応で国の危機を救った。
こうして彼女はモナコで、プリンセスとして、再びスターになった。

子宝にも恵まれ、幸せな時間を過ごしていた彼女だったが、その人生には突然終わりが訪れる。
1982年9月13日、南仏のロックアジェルの別荘から車でモナコに戻る途中、ヘアピンカーブの坂道で崖から転落。帰らぬ人となった。
グレースの訃報に触れ、モンテ・カルロでは全てのカジノが1日営業を中止して喪に服した。

永遠に手にできなかった父親の愛情に飢え、影を背負いながら、これ以上ないくらいに大きな花を咲かせた人生だった。

「幸せとは、自分に平和を感じること」

死を迎える2ヵ月半前の1982年6月22日、アメリカのテレビ局ABCの番組「20/20」で、彼女がインタビューを受ける姿が放映された。
穏やかで幸せそうな表情で、質問に丁寧に答えていく彼女が印象的な映像だ。
彼女がメディアの品性に関して語っていた時、インタビュアーはその言葉を遮るように、唐突にこんな質問をした。
「あなたは、世の中の人々にどのように覚えられていたいですか?」
なぜこのタイミングでこの質問を投げかけたのかは定かではないが、人生は皮肉だ。
少し斜め上を見て、間を置いた後、彼女は答えた。
「人を理解し思いやることのできる、心の優しい人間であったと覚えていてもらいたいわ。」
おどけた表情で恥ずかしそうに語るグレイスは、自分より他人を優先する、まさにそういう人であった。

「落胆することも人生の糧。大切なのは、悔やまず前に進むこと。痛みのない人生は価値がないのです。」

人生には山があり谷がある。彼女の生き様は私たちに、背筋を伸ばして前だけ見て進みなさいと言っている。

グレース・ケリー